ベトナム地方省・直轄市再編の最新情報:決議第60号(60-NQ/TW)

2025年4月12日、ベトナム共産党中央委員会第13期第11回総会において「決議第60号(60-NQ/TW)」が採択されました。この決議は、地方行政区画の大規模な再編を示すもので、全国の省・市(※ベトナムの最上位地方行政単位)の数を現在の63から34へと削減することなどが盛り込まれています​。決議原文はベトナム語で発表されており、共産党機関紙などで全文が公開されています。詳細を以下にまとめます。

1. 地方行政単位の削減と2層制導入

これまでの「省・郡・社」の3層構造から「省・市」と「社」の2層構造に移行します。すなわち、郡(県・区)レベルの行政機関を原則として廃止し、地方政府は省(または中央直轄市)と社(コミューン、市社〔坊〕、町レベル)に再編されます​。

これにより、中間行政層を省いて組織の簡素化・効率化を図ります。党中央委は2025年7月1日をもって郡級行政単位の活動を終了させる方針であり、それに先立ち2013年憲法や関連法の改正を行う必要があると指摘されています。

2. 省・市の統合(上級行政区画の再編)

現在63ある省および中央直轄市を34(28省+6市)に再編します​。統合後もハノイ市、フエ市、クアンニン省、タインホア省など11の省市は従来通り存続しますが、それ以外の地域は隣接する省同士、あるいは省と直轄市を合併し23の新たな行政単位を設置する計画です(詳細は後述)​。

例えば、ホーチミン市はバリア・ブンタウ省およびビンズオン省と合併して拡大し、新「ホーチミン市」となるほか、ダナン市はクアンナム省を吸収して新「ダナン市」となる見込みです​。この再編により、地方政府トップの数(党省委員会書記や人民委員会委員長のポスト数)も大幅に削減され、権限が中央政府により集中する可能性があると指摘されています​。

3. 郡・社レベルでの再編

郡レベルは上記の通り廃止となり、社(コミューン)レベルでは現行から約60~70%の行政単位を削減する方針です。全国で約1万以上あるコミューン(村落級行政区)を3~4割程度まで絞り込む計算で、下位行政単位も思い切った統合・再編が行われます。これに合わせて、各コミューンには「公共サービスセンター」を設置し、住民が身近な窓口で行政サービスを一括して受けられるようにする構想も示されています​。これは行政の末端でサービス低下が起きないようにするための措置です。

4. 再編の目的と評価

政府・党指導部はこの改革の目的を「行政の精簡化(精鋭で簡素で強力かつ効率的・効果的なシステム)」の実現に置いています​。トー・ラム書記長は「今回の再編は前例のない戦略的決定であり、国家の迅速・持続的発展と国民生活の向上を図るもの」と強調しました。国内メディアも「少数精鋭で実効性のある新体制」「新たな国興の時代への飛躍」など肯定的に報じています​。

一方、識者からは「1986年のドイモイ(刷新)以来最大規模の改革」であり、約10万人規模の公務員削減やサービス供給体制の再構築など多くの課題が伴うと分析されています​。特に統合に伴う公務員の配置転換・早期退職、旧行政単位間の調整、住民への周知など実務面で慎重なロードマップが必要と指摘する声もあります​。 総じて、この行政刷新は腐敗の温床となりうる冗長な組織を刈り取り、国家発展の原動力を生み出す「痛みを伴う改革」と位置付けられています。

5. 導入スケジュール

党中央委は関連法制の整備について2025年6月末までに憲法改正および地方行政組織法(改正法)など必要な法改正を完了し、7月1日から新体制を施行するよう求めました。政府も直ちに動き、4月14日には首相が政府の再編実施計画を承認し、各省庁に対し具体策の検討と課題整理を指示しています​。 首相は「職務の重複や空白を招かないようにしつつ、適材適所で責任体制を明確にせよ」と述べ、再編準備を迅速かつ円滑に進めるよう強調しました。2025年後半より順次統合作業が進められ、遅くとも2026年の次期国会議員選挙・人民評議会選挙までに新しい行政区画での体制が整う見通しです。なお再編に伴う官公庁施設や資産については、統合後に不要となる庁舎を医療・教育・文化施設など公益用途へ転用する方針も示されています​。

6. 省・市再編の具体的な方針(統合案一覧)

決議60号には、再編後の34省・市の名称と新行政中心地の一覧が添付されています。以下に、統合されない11の省・市および統合によって新設(または拡大)される23の省・市の案をまとめます(新名称と行政中心地は基本的に現行のいずれかの名称・都市を継承)

統合対象外(名称変更なし・現行のまま存続)

ハノイ市、フエ市、ライチャウ省、ディエンビエン省、ソンラ省、ラングソン省、クアンニン省、タインホア省、ゲアン省、ハティン省、カオバン省

統合により新設・再編される省・市(23件)
新設後の省・市 (種別) 統合される旧行政単位 新省都(行政中心地)
トゥエンクアン省(省) トゥエンクアン省 + ハザン省 トゥエンクアン市(現トゥエンクアン省)
ラオカイ省(省) ラオカイ省 + イエンバイ省 イエンバイ市(現イエンバイ省)
タイグエン省(省) バクカン省 + タイグエン省 タイグエン市(現タイグエン省)
フート省(省) ヴィンフック省 + フート省 + ホアビン省 ヴィエットチー市(現フート省) ※注1
バクニン省(省) バクニン省 + バクザン省 バクザン市(現バクザン省)
フンイエン省(省) フンイエン省 + タイビン省 フンイエン市(現フンイエン省)
ハイフォン市(中央直轄市) ハイズオン省 + ハイフォン市 ハイフォン市(現ハイフォン市)
ニンビン省(省) ハナム省 + ニンビン省 + ナムディン省 ニンビン市(現ニンビン省)
クアントリ省(省) クアンビン省 + クアントリ省 ドンホイ市(現クアンビン省) ※注2
ダナン市(中央直轄市) クアンナム省 + ダナン市 ダナン市(現ダナン市)
クアンガイ省(省) コンツム省 + クアンガイ省 クアンガイ市(現クアンガイ省)
ザライ省(省) ザライ省 + ビンディン省 クイニョン市(現ビンディン省) ※注3
カインホア省(省) ニントゥアン省 + カインホア省 ニャチャン市(現カインホア省) ※注4
ラムドン省(省) ラムドン省 + ダクノン省 + ビントゥアン省 ダラット市(現ラムドン省)
ダクラク省(省) ダクラク省 + フーイエン省 ブオンマトート市(現ダクラク省)
ホーチミン市(中央直轄市) バリア=ブンタウ省 + ビンズオン省 + ホーチミン市 ホーチミン市(現ホーチミン市)
ドンナイ省(省) ドンナイ省 + ビンフオック省 ビエンホア市(現ドンナイ省)
タイニン省(省) タイニン省 + ロンアン省 タンアン市(現ロンアン省)
カントー市(中央直轄市) カントー市 + ソクチャン省 + ハウザン省 カントー市(現カントー市)
ヴィンロン省(省) ベンチェ省 + ヴィンロン省 + チャヴィン省 ヴィンロン市(現ヴィンロン省)
ドンタップ省(省) ティエンザン省 + ドンタップ省 ミトー市(現ティエンザン省) ※注5
カマウ省(省) バクリエウ省 + カマウ省 カマウ市(現カマウ省)
アンザン省(省) アンザン省 + キエンザン省 ラッギア市(現キエンザン省) ※注6

注1:新フート省の省都は現フート省のヴィエットチー市と推定。
注2:新クアントリ省は名称に反し省都を現クアンビン省のドンホイ市に置く計画 。
注3:新ザライ省は省都を現ビンディン省(クイニョン市)に置く)。
注4:新カインホア省は実質的にカインホア省がニントゥアン省を編入(名称・省都ともカインホア)。
注5:新ドンタップ省は省都を現ティエンザン省(ミトー市)に置く。
注6:新アンザン省は省都を現キエンザン省(ラッギア市)に置く。

上記のように、統合後の新名称は基本的に統合前のいずれかの省名・市名を継承し、行政中心地(省都)についても統合前から引き続き使用するケースがほとんどです。例えばハイズオン省はハイフォン市に編入され姿を消しますが、新行政単位は「ハイフォン市」として存続し、省都も引き続きハイフォン市に置かれます。

一方で省都を別の旧省側に置く例もあり(上表の注2, 注3, 注5, 注6など参照)、統合後の名称と中心都市の組み合わせは一部現在の地理感覚と異なるものとなります 。これは統合される各地方のバランスや歴史的経緯を考慮した結果とみられ、今後ベトナム国会の具体的な決議を経て正式決定される予定です。

以上が、2025年4月の党中央委決議第60号に基づく地方省・市の再編計画の概要です。決議60号は、行政効率の向上と統治機構の近代化を目指す大規模改革であり、今後数年をかけて段階的に実施される見通しです。改革の成否は、人員削減に伴う行政サービス維持や新体制への円滑な移行にかかっており、政府は慎重に実行計画を進めるとしています。

CastGlobal

【執筆者】CastGlobal

ベトナムの法律事務所

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