日本アニメ・映画の海賊版サイト運営者を初の刑事立件—「Phim Nè」事件と刑法225条
- 2026.08.07
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速報
ハノイ市公安経済警察部は2026年8月1日、日本のアニメ・映画・ドラマ等を無断配信していた海賊版サービス「Phim Nè」について、ウェブサイト運営者1名とアプリ運営者2名の計3名を、刑法225条2項の著作権・著作隣接権侵害罪で刑事立件したことを発表しました。日本コンテンツを侵害する海賊版サイトがベトナムで刑事摘発された初のケースです。制度としての刑事罰が「実際に動く」段階に入ったことの意味を、ベトナム現地の日系法律事務所の観点から整理します。
本稿のポイント
- 日本コンテンツの海賊版サイトに対するベトナム初の刑事立件。サイト側1名・アプリ側2名の計3名が対象。
- 適用条文は刑法225条2項(加重類型)。不正利益3億ドン以上・損害5億ドン以上という金額基準が構成要件に組み込まれている。
- 背景には2026年5月5日付の首相公電38/CĐ-TTgによる全国一斉取締りと、USTRによる「優先外国(PFC)」指定・セクション301調査開始という国内外の圧力がある。
目次
1. 何が起きたのか——ハノイ市公安が3名を刑事立件
ハノイ市公安経済警察部は2026年8月1日、海賊版サイト「Phim Nè(phimne.live)」の運営者1名と、海賊版アプリ「Phim Nè(phimne.app)」の運営者2名について、著作権・著作隣接権侵害の罪で刑事立件したと発表しました。
一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)の調査によれば、日本コンテンツを侵害する海賊版サイトについてベトナムで刑事摘発が行われたのは、今回が初めてです。ベトナムではこれまでも海賊版サイト自体を対象とする刑事事件は存在しましたが、日本の権利者が被害者となる事案で刑事手続が動いた点が新しい要素です。
「phimne.live」と「phimne.app」は別々の運営者
同じ「Phim Nè」の名称ながら、ウェブサイトとアプリはそれぞれ異なる運営者によって運営されており、捜査上も別事件として扱われています。
| 項目 | phimne.live(ウェブサイト) | phimne.app(アプリ) |
|---|---|---|
| 運営者 | 23歳男性1名(ソフトウェア工学専攻) | 29歳男性2名(情報技術専攻) |
| 運営期間 | 2025年6月〜 | 2025年初頭〜2026年4月 |
| 形態 | 他サイトから映画データを自動取得する仕組みを構築。管理者情報を隠す技術的措置も実施 | Android TV向けアプリ。15分間の無料視聴後に会員料金を課金 |
| 規模 | 登録会員1,090人超/アクセス9万回超 | 課金件数6,451件 |
| 侵害対象 | 日本・米国・ベトナムの映画作品等(CODA、米国映画協会(MPA)関係作品を含む) | 日本コンテンツ等 |
| 金額 | 著作権者が損害額を約30億ベトナムドンと見積もっている作品あり。 | 不正利益 約4億1,500万ドン/株式会社トムス・エンタテインメントに90億8,000万ドン超の損害 |
なお、ハノイ市公安が同時期に立件した著作権侵害事件はPhim Nè関連だけではありません。2026年8月3日付のベトナム紙「Đại Đoàn Kết」によれば、Phim Nèの2事件に加え、音楽作品を無断利用したカラオケ機器事業者の事件も立件されており、合計で3事件・4名が被疑者となっています。オンライン上の著作権侵害を行政処分や民事請求にとどめず、刑事事件として処理する運用が具体化していることがうかがえます。
2. 適用条文—刑法225条2項「著作権・著作隣接権侵害罪」
今回適用されたのは、刑法第225条第2項です。同条は、ベトナムで保護される著作権・著作隣接権を、権利者の許諾なく故意に侵害する行為(複製、公衆への複製物の頒布)を処罰する規定です。
重要なのは、同条が金額基準を構成要件そのものに組み込んでいる点です。単に「侵害した」だけでは足りず、商業的規模での実施か、一定額以上の不正利益・損害・侵害物価額が必要となります。
| 項 | 要件(概要) | 法定刑 |
|---|---|---|
| 1項(基本類型) | 商業的規模での実施、または不正利益5,000万〜3億ドン未満、または権利者の損害1億〜5億ドン未満、または侵害物の価額1億〜5億ドン未満 | 罰金5,000万〜3億ドン、または3年以下の非拘禁矯正 |
| 2項(加重類型) ※本件で適用 |
1項の行為を行い、かつa) 組織的犯行/b) 2回以上の犯行/c) 不正利益3億ドン以上/d) 権利者の損害5億ドン以上/đ) 侵害物の価額5億ドン以上の場合 | 罰金3億〜10億ドン、または懲役6か月〜3年 |
| 3項(付加刑) | 1項・2項に加えて科しうる | 罰金2,000万〜2億ドン、1〜5年の職務就任禁止・業務従事禁止 |
| 4項(法人) | 商業法人が本条の罪を犯した場合(2項該当時) | 罰金10億〜30億ドン、または6か月〜2年の業務停止(さらに1〜3年の事業禁止等の付加刑あり) |
なぜ本件で2項が適用されたのか
アプリ側の事案では、運営者2名の不正利益が約4億1,500万ドンとされており、2項c号の「不正利益3億ドン以上」を上回ります。また、トムス・エンタテインメントに生じたとされる損害90億8,000万ドン超は、2項d号の「損害5億ドン以上」を大幅に超過します。さらに2名による共同での開発・運営は、2項a号の「組織的犯行」に該当し得る事情です。加重類型の要件を複数満たす構造になっていたことが分かります。
3. 背景—首相公電38/CĐ-TTgによる全国一斉取締り
今回の摘発は、単発の事件ではなく、2026年に入ってからのベトナム政府による知的財産権取締り強化の流れの中に位置づけられます。
2026年5月5日、ホー・クオック・ズン副首相は、知的財産権侵害の防止・摘発・処理に関する首相公電に署名しました。同公電は、公安省・国防省・最高人民検察院・最高人民裁判所に対し、典型的な事件の捜査・起訴・裁判に注力するよう指示しています。今回のPhim Nè事件も、この取締り強化を契機として進展したものです。
4. 国際的な文脈—USTRの「優先外国」指定とセクション301調査
ベトナムのオンライン海賊版問題は、通商上の論点にもなっています。
2026年4月30日に米国通商代表部(USTR)が公表した「2026年特別301条報告書」において、ベトナムは「優先外国(Priority Foreign Country:PFC)」に指定されました。同報告書では、ベトナムについて、ステークホルダーから「アジア太平洋地域でオンライン海賊版の発生率が最も高い」と報告されていることが指摘されています。ベトナム政府が2026年に入って知財執行を急速に強化している背景には、こうした通商上の要請も存在します。
5. 日本企業にとって何が変わるのか
今回の事件の意義は、海賊版サイトが1つ閉鎖されたことではありません。日本のコンテンツを侵害する海賊版サービスについて、ベトナムの捜査機関が実際に刑事事件として立件したという点にあります。
従来、刑事罰の規定は2018年1月1日施行の現行刑法に存在していたものの、日本の権利者が関与する事案での運用実績は乏しく、「制度はあるが動かない」という評価が一般的でした。今回、その評価を更新すべき事例が出たことになります。
今後、日本の映画、アニメ、ドラマ、音楽、マンガ等を対象とするベトナム発の海賊版について、刑事手続を含む権利行使が現実的な選択肢となる可能性があります。同時に、選択肢が増えたということは、どの手段を選ぶかという判断が必要になるということでもあります。
6. おわりに
現在もPhim Nè事件の刑事手続は継続しており、今後は公訴提起に向けた捜査が進められる見込みです。ベトナムにおける権利行使の実務は、この1〜2年で大きく変わる可能性があります。ベトナムでの知的財産権の保護についてお困りの際は、お問い合わせください。
免責事項: 本記事の内容は2026年8月7日時点の情報に基づいています。刑事手続は継続中であり、被疑者はいずれも有罪判決を受けたものではありません。制度の詳細および運用は今後変更される可能性があります。
ベトナム・ホーチミン市拠点の日系法律事務所。日本国弁護士と現地ベトナム人弁護士の協働により、日系企業向けの企業法務、M&A、コンプライアンス、労務、知的財産を中心にリーガルサービスを提供。