ベトナム広告法改正案:SNS広告・インフルエンサー規制の要点
- 2025.04.23
- コラム
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ベトナム文化・スポーツ・観光省は、「広告法の一部条項を改正・補充する法律案」(Dự thảo Luật sửa đổi, bổ sung một số điều của Luật Quảng cáo)を国会に提出し、SNS上で広告コンテンツを配信する個人の責任を明確化する動きを進めています。改正案は2024年10~11月の第15期国会第8会期で初めて上程され、2024年11月25日には本会議討議も行われました。今後、意見集約と条文の修正を経て2025年中にも可決・公布される見通しで、公布後はガイドラインとなる政令の策定も予定されています。
目次
1. 背景
この改正案は、2012年に制定された現行の広告法(2013年施行)以来初の大幅な見直しであり、10年以上にわたる運用上の課題を踏まえたものです。
現行法と改正案を比較すると、従来の広告法では主に広告主や広告サービス事業者(代理店)に責任が集中しており、SNS上で活動するインフルエンサー個人については明示的な規定がありませんでした。その結果、著名人による広告トラブルが発生しても法の適用や責任追及が不明確な面が指摘されてきました。今回の改正案では、こうしたギャップを埋めるために、インフルエンサーなど広告配信者に関する定義や責任規定を初めて盛り込んでいることが大きな特徴です
項目 | 概要 |
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現行位置づけ | 2024年10月国会(第8会期)で初審議済み。第9会期(2025年5月下旬予定)で可決見込み。可決後、詳細を定める政令を順次制定予定。 |
改正理由 | インフルエンサーによる虚偽広告(例:健康食品「Kera」事件)や海外プラットフォーム経由の無登録広告が多発し、消費者保護と課税漏れが深刻化。 |
市場規模 | オンライン広告2.3 billion USD(2023)。売上の約70%がFacebook/Google/TikTokなど海外勢。 |
2. 規制対象:個人インフルエンサーから国外配信者まで
改正案では、従来あいまいだった「広告コンテンツ配信者」の範囲が明確化されています。新たに定義された「広告媒体伝達者」(người truyền tải sản phẩm quảng cáo)には、SNS上で広告行為を行う個人や組織が含まれることが明記されました。
つまり、フォロワーを抱えるインフルエンサーや芸能人、KOL(Key Opinion Leader)・KOC(Key Opinion Consumer)と呼ばれる人物も、この「広告媒体伝達者」として法の適用対象になるということです。改正案は、影響力の大きなこれら個人を適切に監督する必要性を認識し、彼らに対する具体的な権利・義務規定を初めて設けています。
さらに、企業アカウントや広告代理店など、オンライン上で広告を発信・仲介するあらゆる主体も引き続き規制対象です。広告主(製品・サービスの提供者)、広告サービス提供者(メディア会社・代理店)、広告媒体発行者(媒体オーナー)といったオンライン広告のバリューチェーン上の全ての関係者が網羅されます。
特に今回の改正では国外の主体によるベトナム向け広告配信(いわゆる越境広告)にも焦点が当てられています。外国企業・個人がSNSやインターネットを通じてベトナム国内に広告を届ける場合も、ベトナムの広告法規を遵守する義務があることが明確化されました。
例えば、FacebookやYouTube上で海外在住者が行うベトナム語の広告や、海外企業がベトナム市場向けに出稿するネット広告も規制の射程に入ります。 要するに、国内外を問わず、SNS等でベトナム人消費者にリーチする広告コンテンツを配信するすべての主体が、改正後の広告法によって何らかの義務を負うことになります。これには当然、個人インフルエンサーや芸能人も含まれ、彼らは従来以上に「広告主」や「広告事業者」に準じた責任を負うことになるのです。
3. 明確化される新たな義務と責任
今回の改正案で広告配信者(特にインフルエンサー)に課される新たな義務として注目されるのは、次のようなポイントです。
インフルエンサー本人からプラットフォーム運営者まで、オンライン広告に関わる各主体の責務を具体化・厳格化した点が改正案の肝と言えます。従来は事前の行政許可・検閲(事前審査型)に頼る面がありましたが、改正後は「事後チェック型」へと方針転換し、各主体の自己責任原則を強化した形になります。
・広告であることの明示義務(ステルスマーケティングの禁止)
インフルエンサー等がSNS上で商品・サービスを宣伝する際には、事前に「これは広告である」ことを消費者に明確に通知・表示する義務があります。いわゆるステマを防止し、広告であることを隠さないよう求める規定です。例えば投稿に「#広告」タグを付けたり、動画で「スポンサー提供による紹介」であると説明するなどの措置が必要になります。
・広告内容の真実性・適正性の確認義務
広告法上もともと禁じられている虚偽・誤解招誘表示について、インフルエンサー自身も発信内容の正確性を事前に確認し、担保する責任を負います。特に今回の改正案では、インフルエンサーが化粧品や健康食品などの使用感をSNSに投稿する場合、「実際に自らその商品を使用した者でなければならない」と規定されています。つまり、使ったこともない商品をあたかも愛用しているかのように宣伝する行為は禁止されます。この規定は美容・健康分野で顕著な誇大広告を抑制し、消費者に実体験に基づく情報を提供させる狙いがあります。
たとえば、健康食品の広告には保健省の許可番号を明示する、医薬品的な効能を謳わない、治療効果を暗示しない、といった各種専門法令のルールを広告法にも反映させています。
・契約や証跡の整備義務
インフルエンサーが広告主から報酬を得て宣伝を行う場合、広告主との間で正式な書面契約を締結することが求められます。契約には広告の内容や範囲、責任分担などを明記し、後日のトラブル発生時に双方の責任を明らかにできるようにしておく必要があります。
また、インフルエンサーは広告に関するデータや資料(広告した商品のリスト、各商品の売上や収入額など)を一定期間保存し、税務当局などから要求があれば定期的に提出する義務も負います。これにより、誰がどのような広告でどれだけ収入を得たかを行政が把握できる体制を整えます。
・プラットフォーム側の協力義務
広告コンテンツが掲載されるSNSプラットフォームにも新たな義務が課されます。具体的には、プラットフォームは広告であることを識別できる機能を提供し、スポンサー投稿には「広告」「提供」等のラベルを明示表示させることが義務付けられます。
また、違法な広告コンテンツ(虚偽広告や無許可商品の広告など)が存在する場合、権限当局からの要請に応じて24時間以内に当該コンテンツを削除しなければなりません。もしプラットフォーム側が協力しない場合、当局は技術的措置等で強制的に違法広告を排除する権限を持つとされています。この規定は、プラットフォーム事業者にコンテンツ監視の責任を負わせるものではなく、あくまで問題発覚後の迅速な対応協力を求める趣旨です。
4. 違反に対する罰則強化
改正案では、違反行為に対する制裁措置も大幅に強化されています。現在、虚偽・誇大広告を行った場合の行政罰(金銭的な過料)は個人で最大約8,000万ドン、法人でも最大約4億ドンと定められています。しかし当局者によれば、SNSで莫大な利益を上げる一部のインフルエンサーにとってはこの程度の罰金は「痛くない」水準であり、違反抑止力が不十分でした。そこで改正案では「違反者の得た利益に見合うよう過料の上限引き上げを図り、経済的メリットを帳消しにする」方向で見直しが検討されています。具体的な金額は今後政令で定められますが、現行の倍以上の高額罰金や、違反による収益没収(課徴金)といった措置も議論されています。
さらに、追加的な行政処分も導入される見込みです。改正案には、単なる罰金だけでなく、悪質な違反者に対し以下のような処分を科す規定が盛り込まれました。
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広告活動の一定期間禁止
虚偽広告を行ったインフルエンサーや芸能人に対し、一定期間(例えば6か月~1年)一切の広告出演・広告投稿を禁止する措置です。違反者を広告業界から締め出すことで再発防止を図ります。 -
芸能活動の制限(メディア露出の禁止)
特に社会的影響力の大きい著名人が悪質な広告違反を犯した場合、テレビ番組や公的イベントへの出演、自身のSNSアカウントでの発信など広くメディアへの露出を制限する処分も検討されています。いわゆる「出演停止」処分で、違反の社会的影響に見合ったペナルティを与える狙いです。 -
営業許可の停止・取消
法人や事業者が関与するケースでは、その広告業務に関する許認可(例えば広告代理業のライセンス)を一定期間停止したり、違法商品の販売業者であれば商品の販売許可を取消すなど、業務そのものを止める措置も可能としています。 -
証拠物品の没収
違法な広告行為に用いられた商品や資料、機材などを没収し、違反の痕跡を断つことも定められています。
これらの厳格な措置は、「罰金を支払って謝罪すれば済む」といった従来の風潮に一石を投じるものです。
以前は、多くの有名人が違反後に「数百万~数千万ドン(数万円~数十万円)の罰金を納め、SNSで謝罪動画を出し、しばらく黙っていた後に活動再開する」というパターンが散見されました。改正法の下では、そのような軽微な負担で再起できなくなる可能性があります。場合によっては刑事責任の追及も現実味を帯びます。実際、前述のKeraキャンディ事件では刑法の詐欺罪や偽造罪が適用されており、インフルエンサーであっても違法行為には刑事罰(最大で数年間の懲役刑)もあり得ることが示されました。
5. 税務対応と越境広告収入の課題
改正案には、オンライン広告収入に対する税務管理の強化策も盛り込まれています。
前述の通り、オンライン広告市場の大半を海外プラットフォームが占め、税金が適切に納められていない問題意識があります。そこで、新法では税務当局への情報提供義務を設け、広告配信者や広告関連事業者が収入状況を報告できる体制を整えます。具体的には、インフルエンサーは自身の広告収入や取引情報を記録し、税務当局から求めがあれば定期的に提出しなければなりません。これにより、個人の広告収入にも課税漏れなく所得税等が課せられるようになります。
また、国外からベトナム市場向けに配信される広告収入についても対策が取られます。
改正案では、海外事業者がベトナムで広告サービスを提供する際は当局への事前通知・登録を義務付け、必要に応じてベトナムでの納税義務を課す方針です。例えば、YouTube上のベトナム人クリエイターに外国企業が支払う広告料も、従来は国外送金扱いで不透明でしたが、プラットフォームと協力してこうしたデータを把握し、源泉徴収やVAT(付加価値税)の徴収を行う仕組みを強化しています。実際、Meta社(Facebook)やGoogle社など主要プラットフォームは既にベトナム税務当局に登録を行い、広告売上に対するVAT納付を開始しています。新法はこの流れを後押しし、「稼いだ場所で税を納める」公平な税負担を実現する狙いがあります。
企業広告主の側でも、支払う広告費に対する税務処理への意識が必要です。海外プラットフォームに直接広告出稿する場合、相手が納税していないと将来的に費用損金算入に影響が出る可能性もあります。そこで、安全策として国内の代理店経由で広告出稿し、税務処理を適正化する企業も増えると予想されます。インフルエンサーへの報酬支払いについても、個人事業所得として領収書を受け取り、源泉徴収(個人所得税の天引き)を行うなど、企業側が協力して税務コンプライアンスを図ることが重要です。
さらに、暗号資産や海外送金による報酬支払いなど、新たな手段で税逃れをする動きにも当局は目を光らせています。文化省は「オンライン広告市場の透明化と脱税防止」も改正法の目的に掲げており、必要に応じて金融当局や情報通信省と連携して資金フローの監視を強める方針です。広告主・インフルエンサー双方にとって、適正な申告納税と収入の透明性確保がこれまで以上に求められる時代となるでしょう。
6. 消費者保護の強化策
今回の改正は、消費者保護の観点からも大きな意味を持ちます。2023年に改正・施行されたベトナムの消費者保護法では、新たに「影響力を持つ第三者(インフルエンサー等)が提供する商品情報」に関する規定が盛り込まれました。改正広告法はこの流れに沿う形で、インフルエンサーを「第三者による情報提供者」と位置付け、消費者に誤解を与えないよう義務を課しています。
具体的な消費者保護強化策として、虚偽・誇大な広告表現の取り締まりが一層厳しくなります。改正案では、広告内容について「真実性・正確性・明確性を保証し、商品・サービスの機能・品質・効果について誤解を生じさせてはならない」ことが改めて明文化されました。例えば「飲むだけで確実に減量できる」など科学的根拠に乏しい断定的表現や、「今だけ先着100名に半額」など根拠のない数量限定表示は、消費者を欺くおそれがあるとして厳禁です。また、広告に注意書きや警告文を付す場合は、消費者が容易に認識できる形で明瞭に表示しなければならず、紛らわしい小文字や短時間表示は禁止されます。
さらに、健康食品・化粧品・医療サービス等の「特別な商品・サービス」の広告条件も見直されました。これは消費者の生命・健康に直接関わる分野で誤解を与える広告が横行したことへの対応です。たとえば、健康食品の広告には保健省の許可番号を明示する、医薬品的な効能を謳わない、治療効果を暗示しない、といった各種専門法令のルールを広告法にも反映させています。インフルエンサーがこうした商品の宣伝に関与する場合も、自ら使用経験があることを条件とした前述の規定などを通じて、いい加減な推薦がなされないようにしています。
苦情対応と行政連携: 消費者が虚偽広告に惑わされた場合の救済策も強化されています。消費者保護法では、消費者は関係当局に違法広告に関する調査・処分を請求でき、所管官庁は他の主管官庁と連携して対処する義務があります。例えば、偽薬の広告を消費者が発見して通報した場合、広告分野を所管する文化省だけでなく、医薬品を所管する保健省とも情報共有し、商品の回収や是正措置まで含めた対応が図られる仕組みです。今回の広告法改正も、文化省が単独で動くのではなく、保健省や工業貿易省など関連規制当局と協力しながら消費者被害の未然防止・拡大防止に当たることを想定しています。実際、近頃は保健省が偽健康食品を宣伝した芸能人の処分を文化省に要請し、文化省が調査に乗り出すケースもありました。
さらに、消費者保護の視点で注目されるのは教育啓発の充実です。改正案そのものではありませんが、当局者は「消費者自身が情報を見極めるリテラシーを高めること」も重要だと述べています。法整備と並行して、誇大広告に騙されないための注意喚起キャンペーンや、学校教育での消費者教育など、消費者側の防衛力向上も図られるでしょう。最終的には、規制当局(政府)、プラットフォーム企業、広告発信者、そして消費者がそれぞれ責任ある行動を取ることで、健全で透明性の高いデジタル広告市場を育てることが目標とされています。
まとめ
ベトナムのSNS広告を取り巻く環境は、今回の広告法改正によって大きく変わろうとしています。
インフルエンサーや広告主、プラットフォームに至るまで、関係者全員が法的責任を再認識し、透明性と誠実さを持って広告活動に臨むことが求められる時代です。実務家や企業関係者は、この改正動向を他人事と捉えるのではなく、自社のマーケティング戦略やコンプライアンス体制を見直す好機と捉えるべきでしょう。
特に日本企業にとっても、ベトナム市場でSNSプロモーションを展開する場合には本改正への対応が避けて通れません。日本本社の企画でも、現地法人や代理店を通じてインフルエンサーを起用する際には、改正広告法に反しない表現か、契約書や税務処理は適切か、といった点をチェックする必要があります。また、「消費者の信頼を得る広告とは何か」を改めて考える契機と捉え、単に法律遵守に留まらず、企業倫理やCSR(企業の社会的責任)の観点からも健全な広告手法を追求することが望まれます。
本法案はまだ国会通過していないものであり、今後も内容が変わる可能性もあります。実際に公布され、施行されるまで更に注目を集めるでしょうから、弊所でも注視していきたいと思います。
【付録1】新旧重要ポイント対比
項目 | 現行(2012年法) | 改正案(2025年成立予定) | 実務インパクト |
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① 対象主体の定義 | 「人 = 広告主・代理店・媒体」の3者のみ明示。インフルエンサーはグレー。 | 「広告伝達者」を新設し、KOL/KOC・芸能人・ライブ配信者を明確に包含。 | インフルエンサーも法的義務者に。 |
② 広告の開示義務 | ステルスマーケティング規制なし。 | SNS投稿で「広告」である旨を事前明示必須。形式はハッシュタグ等を政令で指定。 | #Ad タグ等の徹底が必要。 |
③ 実使用要件 | なし。 | 化粧品・健康食品等は「本人が実際に使用した者のみ感想可」。 | PR用貸与品のみでの体験談禁止。 |
④ 契約・証跡保管 | 義務規定なし。 | 広告主⇔KOL間で書面契約+収入・販売データ保存を義務化。税務当局要請時に提出。 | 法務・経理が契約雛形を標準化。 |
⑤ 罰金上限 | 個人 8,000万VND/法人 4億VND。 | 上限大幅引上げ+収益没収を検討。加えて広告出演・配信禁止処分を新設。 | 違反時の経済ダメージが倍増。 |
⑥ プラットフォーム責任 | 法的協力義務は限定的。 | Facebook等は違法広告を24h以内削除・広告ラベル機能提供。不履行なら技術的遮断も。 | 投稿削除依頼が迅速化。 |
⑦ 越境広告・課税 | 登録・納税義務の実効性弱い。 | 海外事業者にベトナム税・VAT登録/代表窓口届出を義務付け。 | 直接出稿でも税務証憑が必要。 |
⑧ モデル転換 | 事前許可中心。 | 自己管理+事後重罰モデルへ。行政はガイド・監視、主体は企業側。 | 内部コンプラ体制強化が必須。 |
【付録2】日系企業対策のポイント整理
リスク領域 | 取るべき対策(抜粋) |
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① 契約管理 | KOL起用時はベトナム法準拠の広告契約を作成し、違反時の損害賠償・投稿削除義務を明記。 |
② 表現審査 | 美容・健康商材は効能表現を日本語原稿段階で精査し、翻訳時の誇張を防止。 |
③ 税務処理 | 報酬は源泉徴収(PIT 10%目安)+e-invoice取得。海外プラットフォームへの直接出稿はVAT処理可否を要確認。 |
④ リスクモニタリング | 投稿後も定期サンプリング監視。違反疑義があれば24時間以内に修正/削除要請できる社内フローを整備。 |
⑤ 代理店選定 | ベトナムで広告サービスライセンスを有し、改正法に合わせたKOLコンプラチェック体制を持つ代理店を選ぶ。 |