ベトナムにおける民事執行手続の概要と実務上の留意点
- 2025.03.19
- コラム
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ベトナムでは、民事裁判の判決や決定を実際に実現するための民事執行制度が整備されています。日本企業を含む外国企業としては、訴訟や仲裁で勝訴判決を得るだけでなく、その後にしっかりと債権回収・履行確保ができるかどうかが最終的なポイントです。本コラムでは、ベトナムの民事執行手続について、金銭債権の強制執行や不動産・動産の引渡し執行を中心に、法的枠組みや実務上の留意点、外国企業に特有の課題・対策などを幅広く解説いたします。
目次
1. ベトナムの民事執行制度:法的枠組みと機関
1.1 法的根拠と行政的性質
- ベトナムの民事執行制度は、民事判決執行法(2008年法律第26号)に基づいて定められています。
- 執行機関は司法省(日本でいう法務省に相当)の指揮下にあり、全国の省(地方)および郡(県)レベルに“民事判決執行機関”が置かれています。
- これらの機関に所属する執行官(Chấp hành viên)が、具体的な執行手続(差押えや競売など)を担当します。
- ベトナムでは判決の執行が行政手続と位置づけられており、裁判所は執行に直接は関与しません。もっとも、執行官の行為に不服がある場合には裁判所が審査を行うなど、一部司法的な関与も残されています。
1.2 任意履行が原則
- ベトナムの民事判決執行法では、まずは債務者に任意の履行を促すのが基本姿勢(民事判決執行法第9条1項)とされています。
- 債務者が期限内に支払いや引渡しを行わない場合、執行官が強制執行手続に移行して財産調査や差押えに着手します。
2. 金銭債権の強制執行手続
2.1 執行申立てと時効
- 判決が確定し、金銭債権(支払命令)を勝ち取った債権者は、判決確定日から5年以内に執行申立てを行わなければなりません。
- 執行申立先は、原則として判決を出した裁判所の所在地に対応する民事判決執行機関です。
- 申立書には当事者情報や執行を求める内容を記載し、執行文付きの判決書など必要書類を添付する必要があります。
- 執行機関が申立てを受理すると、通常5営業日以内に「判決執行決定」が発出され、債務者に10日前後の任意履行期間が与えられます。
2.2 強制執行のプロセス
- 任意履行期限の経過後
任意期限を過ぎても債務者が支払わない場合、執行官は10日以内に強制執行手続へ移行します。 - 財産調査
執行官は債務者の財産や口座、収入などを調査し、差押えの可否や優先順位を判断します。 - 差押え・評価・競売
預金口座であれば口座凍結、動産・不動産ならば差押えの上で専門機関の評価や競売を実施します。 - 売得金の配当・弁済
競売などで得た代金を債権者へ配当し、残金があれば債務者に返還する流れです。 - 執行官には強制執行を進めるための広範な権限が与えられており、必要に応じて警察(公安)の協力を得ることも可能です。
3. 不動産・動産の引渡し執行
判決で不動産の明け渡しや動産の返還が命じられた場合も、民事執行機関が手続を担当します。
3.1 不動産の明け渡し
- 執行官が現地に赴き、占有者(債務者)に退去を命じます。
- 債務者が応じない場合は警察の立会いのもと強制的に排除し、不動産を勝訴当事者に引き渡します。
- ただし、高齢者・子どもが居住している場合などは社会的配慮が必要となり、実務上は時間がかかることも多いです。
3.2 動産の返還
- 差押え・接収を行い、動産を債権者へ引渡します。
- 債務者が故意に物を隠したり破損させたりする恐れがあるときは、仮差押えなどの保全措置を活用することが有効です。
- すでに物が滅失している場合は、同種の代替物や損害賠償に切り替えることも検討されます。
4. 執行申立てに必要な手続と書類
- 執行申立ての管轄は、基本的に原審裁判所と同じ地域の執行機関です。
- 主な必要書類は以下のとおりです。
・判決書(執行文付き)
・申立書
・代理権証書(代理人が申立てを行う場合)
・その他関連資料(公証書や和解調書など) - 要件を満たさない場合は5営業日以内に却下となる可能性があります。適法に受理されれば執行決定が出され、正式な手続が開始されます。
5. 債務者財産の調査方法
5.1 債務者の申告義務
- ベトナム法では、判決で敗訴した債務者に対し財産状況を誠実に申告する義務を課しています。
5.2 執行官の職権調査
- 執行官は債務者の事業所や自宅を検査し、銀行や土地使用権登録所、社会保険機関などにも照会を行い、財産の所在や名義を突き止めます。
5.3 債権者による独自調査
- 債権者側が債務者資産に関する情報を集め、執行官に提供することも可能です。
- 実務では、こうした情報提供が執行官の調査を補強することで、回収の迅速化に役立ちます。
5.4 無資力・行方不明の場合
- 債務者に財産が見当たらない場合でも、法律上、半年おきに再調査が行われる仕組みがあります。
- ただし、まったく資産がなければ回収は困難で、債権者が事実上「泣き寝入り」せざるを得ないケースもあります。
6. 執行官の役割と権限
- 執行官は裁判所とは独立した行政官であり、判決の具体的な実現を担う重要な存在です。
- 主な権限
・差押えや競売など各種決定の発出
・当事者・関係者の呼出しや事情聴取
・不動産・動産への立ち入りや接収を含む強制措置
・警察への協力要請や抵抗妨害への対処
・公正中立な執行義務(違反すれば懲戒・刑事責任の追及もあり)
7. 強制執行の実効性と回収率
- ベトナムでは毎年執行件数が増加しており、「執行可能」と判断された案件の8割前後が完了しているとの統計もあります。
- ただし、金額ベースの回収率は約半数程度にとどまり、大型の不良債権などは執行不能案件として残りやすい実情があります。
- ホーチミン市など大都市は複雑な事案が多く、執行官1人あたり400~500件を抱えることもあるため、業務負担が大きく遅延要因となっています。
8. 強制執行の実務上の問題点
- 執行長期化・遅延
差押え・競売手続が長期にわたり、数年後にようやく回収が完了することも珍しくありません。 - 債務者の抵抗・財産隠し
預金を引き出して親族名義に移す、不動産に居座るなど、悪質な手段で執行を免れようとする事例が後を絶ちません。 - 手続濫用
債務者が苦情申立てを乱発し、執行を意図的に引き延ばすケースがあります。 - 執行機関の課題
執行官の過重労働や手続ミス、汚職リスクなど。現在は監察強化による改善が進んでいます。 - 無資力・夜逃げ
債務者にまったく資産がなく所在不明の場合、実質的に回収不能となります。
9. 外国企業・外国人による債権回収の留意点
- 外国判決の直接執行は原則不可
ベトナムは日本を含む多くの国と民事判決相互執行条約を締結していないため、日本の裁判所判決などはそのままベトナムで強制執行できません。
1958年ニューヨーク条約に基づく外国仲裁判断ならば、ベトナム裁判所の承認・執行許可を得て国内で執行する道があります。 - 言語・手続面のハードル
ベトナム語への翻訳、公証・認証など事務負担が大きく、コストもかかります。 - 現地代理人(弁護士)の起用
法律実務や関係当局との調整において、現地弁護士が不可欠です。 - 契約段階からのリスクヘッジ
・ベトナムで執行可能な裁判・仲裁管轄を定める
・動産担保や保証人の設定
・前払い条件や厳格な遅延損害金条項
・これらを活用し、将来の回収リスクを下げることが重要です。
10. まとめと実務アドバイス
・判決取得だけで終わらない
ベトナムでは判決を得ても、実際の強制執行がスムーズに進むとは限りません。執行官のリソース不足や債務者の抵抗などが現実の課題です。
・外国企業のハードル
相互執行条約がない国の判決はそのまま執行不可となるため、ベトナム国内の裁判所または国際仲裁を利用できるよう契約段階から工夫が必要です。
・執行手続の長期化・遅延を念頭に置く
競売物件がなかなか売れない、債務者が逃亡するなどのリスクがあります。とくに不動産の強制立ち退きは地域的事情で時間を要する場合が多いです。
・事前の保全措置や担保設定が効果的
債務者が判決前後に財産を隠すリスクを避けるため、訴訟中に仮差押えなどの保全を検討し、または契約段階で抵当権を設定しておくと、強制執行が容易になります。
・現地弁護士や専門家の協力
手続全般がベトナム語で進むうえ、各地方の運用差も大きいため、経験豊富なローカル弁護士との連携が不可欠です。
債務者資産の独自調査や関係機関との折衝など、専門家のネットワークを活かすことで執行成功率を高められます。
・最終的には資力が決定打
債務者が無資力であれば回収は困難です。契約先の信用調査や与信管理を徹底し、早めの債権保全を行うことが重要です。
おわりに
ベトナムの民事執行制度は整備が進み、執行官が行政官として強い権限をもつという特徴があります。一方で、執行の長期化や債務者の抵抗など、実務的にはスムーズにいかない場面も多々あります。特に外国企業は、判決承認や翻訳・公証手続、言語面のハードルを踏まえ、早い段階から専門家と連携しながら対応を進めることが肝要です。
ベトナムでの債権回収を成功させるには、契約時のリスクヘッジ、執行可能な紛争解決条項の設定、そして実際に執行が必要になった際の迅速な対応と粘り強い追及が不可欠です。最終的には「判決を取って終わり」ではなく、「実際に資金や物を回収・引渡しを得てこそ真の勝利」といえます。ぜひ本稿のポイントを踏まえ、ベトナムビジネスの安定的な取引・リスク管理にお役立てください。