ベトナム未成年司法法を解説|2026施行・少年事件の新制度
- 2025.05.06
- コラム
- CastGlobal
ベトナムでは2024年11月、未成年者の刑事司法に関する初の包括的な基本法となる「未成年司法法2024(Luật Tư pháp người chưa thành niên 2024)」(法律番号59/2024/QH15)が国会で可決・成立しました。
本法は未成年者(18歳未満)の権利と最善の利益を保護し、その年齢・発達に応じた適切な手続を確保することを目的としています。犯罪を犯した少年に対しては、処罰よりも教育と更生を重視し、社会復帰を支援する人道的・人権尊重の姿勢が貫かれています。
以下では、本法の施行時期、主要な内容、従来の関連法令からの変更点、そして実務および家庭・社会への影響について解説します。
目次
1. 施行時期(発効日)
「未成年司法法2024」は2024年11月30日の第15期国会第8会期において96%以上の賛成多数で可決されました。施行日は2026年1月1日と定められており、それまでに関係機関は本法の実施準備を進めることになります。
ただし、本法の一部規定については施行日が段階的に設定されています。
例えば、第139条および第162条第1・2項の規定は2028年1月1日から施行される予定です。一方で、本法公布日に直ちに適用される経過規定も存在します。第179条2項により、未成年者に有利な新しい減免措置(警告、罰金、執行猶予付き刑など、本法第VI章の規定)は公布日(2024年12月2日)から適用できるとされており、現在進行中の事件にも直ちに反映されることとなります。これにより、施行前であっても未成年被告に有利な扱いが先行して実現されています。
2. 対象となる未成年者の定義と適用範囲
本法の対象となる「未成年者」とは18歳未満の者を指します(「未成年」(người chưa thành niên)はベトナム民法等で18歳未満と定義) 。
本法は、未成年者が関与するあらゆる刑事手続の段階(捜査・起訴から裁判、刑の執行、社会復帰まで)を網羅し、また未成年者が被疑者・被告人だけでなく被害者や証人である場合の手続も含めて包括的に規定しています。
さらに、未成年者に関わる司法活動に携わる機関・組織・個人・家庭の任務・責任についても定めており、家庭や地域社会も含めた包括的な枠組みを構築しています。手続全般を通じて、簡潔で親しみやすい言葉遣いで未成年当事者に権利義務や手続内容を説明し、未成年者のプライバシーを保護することが求められるなど、未成年者の心理や発達段階に配慮した手続原則が貫かれています。
例えば、本法第6条では手続が未成年者の年齢・心理にふさわしく簡易で親しみやすいものでなければならないことが明記されており、第7条では少数民族出身者や弱い立場に置かれた未成年者への配慮も規定されています。
3. 未成年者に対する特別な保護措置(ダイバージョン等)
本法の目玉となるのが、未成年者に対する「処分の転換(ダイバージョン)制度」の創設です。
ダイバージョンとは、犯罪を犯した少年に対し正式な刑事裁判・処罰を行わずに、更生のための代替措置を講じて早期に社会へ再統合させる手法です。本法は未成年者の更生に「第二の機会」を与える人道的アプローチとしてダイバージョンを位置付けており、第36条に具体的な12種類の転換措置を規定しています。それらは以下の通りです。
- 1. 訓戒(戒告) – 口頭または書面による厳重注意
- 2. 被害者への謝罪 – 被害者に対し直接謝罪を行う
- 3. 損害賠償 – 被害者の被害に対する賠償を行う
- 4. 地域社会での教育指導 – 居住地のコミューン(村・町)等において一定期間、行動観察下で教育指導を受ける
- 5. 家庭内での監督(家庭矯正) – 保護者等による監督下で生活させ、矯正する
- 6. 外出時間の制限 – 夜間など特定の時間帯の外出・行動を制限する
- 7. 有害な人物との接触禁止 – 再犯を誘発するおそれのある人物との接触を禁じる
- 8. 有害な場所への立入禁止 – 再犯を誘発するおそれのある場所への出入りを禁じる
- 9. 教育・職業訓練プログラムへの参加 – 更生のための教育プログラムや職業訓練を受講させる
- 10. 心理治療・カウンセリングの受講 – 必要に応じカウンセリングや治療プログラムを受けさせる
- 11. 社会奉仕活動 – 一定時間のボランティア活動や地域奉仕を課す
- 12. 矯正施設での教育 – 「教育センター」(矯正学校)と呼ばれる未成年者更生施設において必要な教育を行う
以上の措置はいずれも刑罰ではなく教育的・保護的措置であり、未成年者が「犯罪者」としての烙印を押されずに自らの過ちを修復できるよう配慮されたものです。
適用にあたっては違反行為の悪質性や未成年者の年齢・環境に応じて個別に選択され、処遇が過度に甘くなりすぎないよう要件や手続も厳格に定められています。
たとえば、適用対象となるケースは法律上限定されており、16~17歳で犯した比較的軽微または重くない犯罪や、14~15歳で犯した重大だが極めて悪質ではない犯罪(刑法第123条の特定の重罪を除く)など、一定の条件を満たす場合に限られます。
また共犯事件で従属的な役割しか果たしていない少年なども転換措置の対象となり得ます。転換措置を適用する際には、所定の手続機関(司法当局)の判断と承認が必要であり、未成年者が課された義務に違反した場合の責任も規定されるなど、制度の乱用防止と教育的効果の両立が図られています。
4. 未成年者の責任追及の枠組み(刑罰・手続上の特則)
ダイバージョン(転換措置)の適用によって フォーマルな刑事手続を回避できない場合、すなわち悪質性が高く教育措置のみでは再犯防止が困難な場合には、通常の刑罰を科すこともあり得ます。もっとも、本法は未成年者に対する刑罰について、成人とは異なる特別の枠組みを設けています。
まず、未成年者に科しうる刑罰の種類は4種類に限定されました。すなわち、①警告(Cảnh cáo)、②罰金、③拘禁しない更生措置(Cải tạo không giam giữ:社会内更生、いわゆる保護観察付きの更生指導)、および④有期懲役刑のみです。
未成年者には終身刑および死刑は科すことができないことが明文化されており、これは従来の刑法の規定を引き継いだものです(ベトナム刑法でも18歳未満への死刑適用は禁止されています)。
本法はさらに、未成年者への刑罰はできる限り軽いものにとどめるべきとする原則を打ち出しています。
裁判所はまず警告や罰金、社会内更生などの軽い措置を優先し、それでは不十分な場合に限って懲役刑を検討することとされています。仮に懲役刑が必要と判断される場合でも、執行猶予付きとすることが優先されるほか、量刑にあたっては同種の犯罪を犯した成人よりも大幅に軽い刑期に抑えなければならないと定められました。このように、本法は未成年者に対する刑罰の適用を最後の手段と位置づけ、教育的措置で十分対応できる限りは刑罰を避ける方針を明確化しています。刑罰を科す場合にも将来の更生に配慮した制限が加えられており、これは未成年者の改善更生を最優先する理念に基づくものです。
5. 未成年者の手続上の権利保護と「フレンドリー」な司法手続
本法は、未成年者が被疑者・被告人である場合はもちろん、被害者や証人である場合についても、それぞれ特別の手続保障を設けています。
まず、未成年者が被疑者・被告人として刑事手続に関与する場合には、従来の刑事訴訟法2015年の権利(黙秘権や弁護人依頼権など)に加えて、以下のような追加的権利が明文化されました。
- 法定代理人等の付添い:親権者や後見人など法定代理人が手続に立ち会い、未成年者の利益を代表する権利。
- 専門家の支援を受ける権利:必要に応じて医療・心理・教育・社会福祉の専門家(ソーシャルワーカー等)から支援を受けられる権利。
- やさしい言葉による情報提供:手続の進行や権利義務について、簡潔で平易な言葉により速やかに説明を受ける権利。
- プライバシーの保護:事件処理の全過程を通じて未成年者の個人情報・プライバシーが保護される権利。報道や記録公開の制限も含まれます。
- 法律扶助を受ける権利:経済的事情に応じて国選弁護人の選任や無料の法律相談を受けられる権利。
さらに未成年の被疑者・被告人には、ダイバージョンの適用を申請する権利、手続中に社会福祉担当者の支援を受ける権利、そしてダイバージョン措置の決定に不服申立てをする権利も付与されています。これらは本法で新たに追加された権利であり、未成年者が自ら教育的措置への切替えを求めたり、福祉的サポートを活用したりできるようにすることで、手続の中で最大限にその更生の機会を保障するものです。
一方、未成年者が被害者または証人となる場合にも、本法は別個の配慮を定めています。具体的には、被害に遭った未成年者や事件の証人となった未少年が二次被害を受けないよう、プライバシー保護や心理的ケアの提供、優しい言葉での事情聴取、証人保護プログラムの活用などが規定されていると考えられます(※詳細条文は本法該当箇所に規定)。これにより、手続に関与する未成年者のあらゆる立場において、その心身に配慮した司法上の保護が図られています。
また、本法は「未成年者に優しい裁判手続(phiên tòa thân thiện)」の概念を導入しています。たとえば、公判においては裁判官が通常の法服ではなく行政用の平服を着用し、検察官も検察の制服着用を避けた穏やかな服装で臨むこととされています。これは法廷の厳粛さを和らげ、未成年の被告人・証人が萎縮しない雰囲気を作るための配慮です。このほか、法廷内のレイアウトや呼称の工夫、休憩時間や非公開審理の柔軟な実施など、未成年者の心理的負担を軽減しつつ権利保護と真相解明を両立させる工夫が盛り込まれていると考えられます。実際、本法は未成年者の公判は公開法廷ではなく「親しみやすい審理手続」で行うと規定しており(第15条などに規定がある模様)、傍聴人の制限や法廷環境の調整が行われることになります。これも国際的に提唱される「少年に優しい司法(child-friendly justice)」の理念を体現したものです。
6. 従来の関連法令との変更点・法体系上の位置づけ
本法制定以前、ベトナムにおける未成年者の刑事手続は2015年刑事訴訟法(Bộ luật Tố tụng Hình sự 2015)に一定の特則章が設けられている程度で、包括的な単独法は存在しませんでした。
刑法や刑事訴訟法、刑の執行に関する法律、児童保護法(2016年児童法)などに点在する規定で少年事件への対応がなされていましたが、それらは断片的で実務上の不備も指摘されていました。今回制定された未成年司法法2024は、未成年者の刑事手続全般を網羅する初の統一法規として位置付けられます。本法の成立は、国連子どもの権利条約で求められる「少年司法の確立」に応えるものであり、ベトナム司法の近代化・人道化の一環と言えます。以下に、本法による主な変更点とその法体系上の意義をまとめます。
・包括的な単行法の創設
本法は10章179条からなり、未成年者の捜査・起訴・裁判・矯正・再社会化まで一貫した規定を設けました。
従来は刑事訴訟法や関連法に散在していた少年規定を一元化し、体系的・詳細なルールを整備した点で画期的です。これに伴い、本法附則(第177条)で刑法、刑事訴訟法、刑事判決執行法、法律扶助法、民事執行法、児童法、住居法といった関連法の該当条項が改正・削除されています。つまり本法は**未成年者分野の特別法(ルールの特則)**として、関連法体系を書き換える役割を果たしています。
・ダイバージョン制度の導入
前述のとおり、教育的措置への転換制度(12種類)が初めて法律上明文化されました。
2015年刑事訴訟法にはこうした正式な転換制度はなく、限られたケースで不起訴処分に付して保護観察を行う程度でした。本法により、一定の要件下で起訴や有罪判決を経ずに更生プログラムへ繋げることが可能となり、非行少年の社会復帰が柔軟に図れるようになります。これは日本の少年法における保護処分に類似する制度であり、未成年者の将来を考慮した寛大かつ機能的な仕組みです。
・身柄拘束・強制処分の制限
未成年者に対する逮捕・勾留などの身体拘束や強制処分について、本法は厳格な運用制限を設けました。
具体的には、刑事訴訟法上の身体拘束措置(緊急逮捕、通常逮捕、留置、勾留)や監督措置(電子監視、保護者等による監督、保釈、保証金提出、居住地からの外出禁止、出国禁止)について未成年者へ適用できる場合を絞り込み、原則として身体拘束は最後の手段としています。
代替手段として、電子タグ等による在宅監視や保護者による身元引受を積極的に活用し、勾留期間も必要最小限に抑えるよう規定されています。これにより、従来は成人とほぼ同様に適用されていた未成年者の身柄拘束が、より慎重に運用されることになります。
・手続期間の短縮
未成年者事件の処理は迅速に行うべきとする観点から、捜査・起訴・裁判の各段階の期間が原則として成人の場合の半分に短縮されました。
例えば捜査段階の勾留期間や起訴までの準備期間、公判の準備期間などが成人事件の法定期間の2分の1を上限とされています(ただし事件が複雑な場合は例外あり)。従来、未成年者事件でも明確な期間短縮規定はなく手続の長期化が問題となることもありましたが、本法により迅速な手続進行が法的に義務付けられました。これにより、少年の矯正が長引かず適時になされることが期待されます。
・裁判手続の分離と専門化
本法は、未成年被告人と成人被告人が同一事件にいる場合には、事件を分割し未成年者部分を独立処理することを明示しました(第143条1項)。
従来の実務でも必要に応じ分離公判は行われてきましたが、本法で義務化されたことで、未成年者は成人と切り離した環境で審理を受けられるようになります。また、未成年被疑者・被告人用の手続と未成年被害者・証人用の手続を分けて規定し、それぞれに適した配慮を講じた点も新しい特徴です。
さらに先述の「フレンドリー裁判」の導入や匿名報道の徹底など、少年事件審理の専門化が進みました。これは司法当局内における少年専門部門の強化とも連動し、少年審判を扱う裁判官・検察官・調査官の専門教育の必要性も高まっています。
・刑の執行と再社会化支援の充実
本法は、刑務所で刑に服することになった未成年受刑者についても特別の処遇規定を設けました。
未成年受刑者は原則として成人受刑者と分離して収容され、①少年専用の刑務所、②一般刑務所内の少年専用区画、③一般刑務所内の少年専用監房のいずれかの形態で隔離して管理されます。そして施設内では教育の継続や職業訓練の機会、医療やカウンセリングの提供、文化・娯楽活動の保証、家族との面会交流など、健全な更生に必要な環境を整えるよう義務付けています。
従来も省令等で少年受刑者の分離収容は行われていましたが、本法で法定化されたことで一層の充実が見込まれます。また、刑の早期執行猶予や仮釈放、前科の消滅(赦免)について未成年者に有利な特則を設けており、これらは前述のとおり一部は既に施行済みです。これらの規定により、刑事司法の最終段階においても未成年者の更生と早期の社会復帰が制度的に支援されることになります。
・家族・社会の役割の明確化
本法は未成年者の健全育成には家庭や地域社会の連携が不可欠との立場から、家庭・コミュニティの責務を条文上明確にしました。例えば、保護者や家族には日常的に子どもの教育・監督を行い、非行を防止する義務が課され、地域の各種団体(ベトナム祖国戦線や婦人連合会、青年団等)も少年の立ち直り支援や啓発活動に協力する責務が規定されています。これは従来の法律には明確でなかった点で、少年犯罪の防止と再犯抑止に向けた社会総がかりの取組みを促進するものです。
以上のように、未成年司法法2024は従来の刑事訴訟法2015等を土台としつつ、その上に未成年者特有の手続・処遇規定を大幅に付加した特別法と言えます。
本法第2条の規定により、未成年者の事件処理においては本法の定めが優先適用され、本法に定めのない事項のみ刑事訴訟法や刑法等の一般法規を準用する建付けになっています。これにより、法体系上は一般法と特別法の関係が整理され、実務家は本法をまず参照した上で不足する部分を従来法で補う形で運用することになります。
ベトナムは1990年に国連子どもの権利条約を批准していますが、本法制定はその条約上の義務履行および国内少年司法制度の改革という観点でも大きな前進であり、法体系の整合性と充実度が飛躍的に高まりました。
7. 刑事手続実務や一般家庭への影響
新法の制定・施行は、ベトナムの刑事司法実務にさまざまな変化をもたらすことが予想されます。また、未成年者を育てる家庭や社会にも一定の影響を及ぼすでしょう。
(1)捜査・起訴段階への影響
警察・検察をはじめ捜査機関は、本法に対応して新たな運用手順を整備する必要があります。
まず、未成年者と成人が関与する事件では捜査段階から事件ファイルを分離し、少年専用の手続に乗せることが義務化されたため、事案の分割送致や証拠の共有に関する内部手続の変更が求められます。
さらに、身柄拘束を最小限に抑える運用への転換も実務上重要です。本法では未成年者について逮捕・勾留よりも保護者引受や電子監視などの代替措置を優先するよう定めているため、捜査当局は積極的に保釈や在宅観護を検討し、少年を拘禁しないまま調査を進めるケースが増えるとみられます。
これに伴い、捜査段階から社会福祉担当者(ソーシャルワーカー)や児童心理の専門家と連携し、未成年者の状況を評価・支援する体制構築も求められるでしょう。本法は手続の各場面でソーシャルワーカーの関与を想定しており、警察にとっても福祉機関との協働が不可欠になります。
検察官にも変化が及びます。起訴・不起訴の判断において、本法の転換措置の制度を念頭に置いた処理が必要となります。
すなわち、証拠が揃ったから直ちに起訴という従来の画一的対応ではなく、未成年者の立ち直り可能性や犯罪の性質を勘案して敢えて不起訴とし、適切な更生プログラムへ委ねるといった選択肢も考慮することになります。
これは検察官にとって新たな裁量判断事項となり、各地で運用基準の整備や教育が必要となるでしょう。
また、手続期間の短縮規定に対応して迅速な捜査・起訴処理が求められるため、捜査機関・検察はいわば少年事件を最優先で処理する体制を作る必要があります。実務上、証拠収集や起訴状作成のタイムラインを成人事件以上にタイトに管理しなければならず、組織として効率化策が検討されるでしょう。一方で、未成年事件の処理が迅速化すれば、長期化による証拠散逸や少年の更生遅延を防ぐ効果が期待され、捜査機関にとってもメリットとなり得ます。
(2)裁判段階への影響
裁判所にも本法施行によって運用面での準備が求められます。
まず、未成年者事件は成人事件と別個の審理手続となるため、裁判所は少年事件専門の部門や担当者を明確に指定する必要があります。すでにベトナムでは一部で「家庭・未成年法廷」のモデルが試行されていますが、本法のもとで全国的に少年事件を扱う専任裁判官や調査官の配置が進む可能性があります。裁判官・職員には児童心理や教育、更生プログラムに関する研修が施され、専門知識をもって審理に当たる体制が強化されるでしょう。
公判の進行方法も変化します。本法の理念に従い、裁判所は未成年者に配慮した親しみやすい法廷環境を整える義務を負います。
具体的には、従来フォーマルだった法廷での呼称・服装を柔軟にし、可能な限り非公開やビデオリンク出廷など少年の負担軽減策を講じることが考えられます。証言や被告人質問の際には専門家の助言を得て優しい言葉で語りかける、必要に応じて休憩を入れる、傍聴を制限する、といった運用が増えるでしょう。
判決においても、本法に基づき成人より軽い量刑が義務付けられているため、裁判官は量刑理由で未成年者の将来や更生環境について言及し、執行猶予や保護観察付き判決を積極的に活用すると思われます。これは量刑実務の大きな変化であり、裁判官は再犯防止と更生可能性のバランスをより慎重に判断することになります。
(3)刑の執行・矯正への影響
矯正当局(公安省刑執行機関)も、本法施行までに未成年受刑者の処遇改善を進める必要があります。
本法は少年受刑者の分離収容と教育的処遇を義務付けました。そのため、現行の刑務所システム内で未成年者専用の区域や施設を整備し、教育プログラムや職業訓練の実施、人員配置などハード・ソフト両面の準備が求められます。特に学校教育の継続や技能訓練の提供は重要で、教育省など他機関との連携も視野に入るでしょう。
また、家族との面会交流を促進し社会復帰を支える方策も強調されています。これにより、単に刑を執行するだけでなく、出所後を見据えた矯正が行われることになります。未成年受刑者の早期仮釈放や執行猶予付与も拡大する可能性があり(実際、本法の有利規定は既に適用開始)、恩赦制度の運用にも影響するでしょう。
(4)一般家庭・地域社会への影響
本法は家庭や地域コミュニティにも一定の責任と役割を期待しています。
保護者や家族は少年の第一の教育者と位置付けられ、日頃からのしつけや見守りが再確認されました。仮に子が非行に走った場合でも、保護者は手続きを通じて子の更生に主体的に関与することが求められます。例えば、調べや裁判への付添いは法的義務となり、転換措置として課された家庭内監督や被害者への謝罪にも保護者の協力が欠かせません。
これにより、家庭は自らの責任として少年の更生を支える役割を果たすことになります。家庭環境が問題の一因であれば、当局は必要に応じて家庭訪問や福祉介入を行い、改善を促すでしょう。このように本法の運用を通じて、各家庭でのしつけや教育の重要性が改めて認識され、ひいては家庭環境の改善につながる政策的効果も期待されます。
地域社会や民間団体の関与も強調されています。婦人連合会や青年団などの社会団体は、本法上その構成員(婦人や青年)に対し少年の更生支援や非行防止の啓発を行う責務があります。例えば、地域のボランティア活動への参加やカウンセリング提供、被害者支援など、民間のリソースを活用した支援策が広がる可能性があります。また学校や地域の青少年団体が警察と協力して非行の早期発見・介入を行う仕組みも考えられます。
これはベトナム社会における「全社会で子どもを守り育てる」意識の醸成につながり、長期的には青少年犯罪の予防に寄与するでしょう。
まとめ
総じて、未成年司法法2024の施行により、ベトナムの少年司法は制度面・運用面で大きく前進することになります。
司法関係者にとっては新たな法律知識と運用対応が求められますが、それによって未成年者の更生可能性が最大限引き出される制度が整う意義は大きいと言えます。家庭や社会も巻き込んだ包括的なアプローチにより、少年事件への向き合い方が改革されるでしょう。本法は日本の少年法制とも共通する理念を持ちつつベトナムの実情に即した独自制度を設けています。
ベトナムの日系企業関係者にとってはあまり身近に感じることは少ない法領域ではあると思いますが、本法の動向はベトナムでのコンプライアンスや社会貢献活動を考える上で参考になる部分もあるかと思います。少年の健全育成と犯罪防止は国境を超えた共通課題であり、ベトナムにおける本法の施行と運用の成果が注目されます。