新民事判決執行法|2025年10月国会で可決予定の改正のポイント

ベトナムでは、民事裁判の判決や決定を実現するための民事執行制度が整備されています。もっとも、強制執行の実効性の低さや手続きの遅延、外国企業の場合に特有の問題点など課題が山積みになっています。

前回のコラム記事では現行民事判決執行法を概観しつつ、現行システムの問題点について述べました。

今回は、2025年10月に国会で可決される予定の新民事判決執行法の注目ポイントについて解説します。

 

1.はじめに

2025年10月にベトナム国会で可決が予定されている新しい「民事判決執行法案」は、現行法を抜本的に見直すものであり、民事・経済判決の執行実効性を大幅に高める内容が盛り込まれています。新設条文は50条、改正条文は93条(現行条文の52%にあたります)にも及び、大幅な改正が予定されています。今回の法案は、ベトナム国内の執行実務における長年の課題(執行不能案件の多発、債務者による財産の隠匿、不透明な執行手続といった点)に対処するものであり、外国企業の間でも注目を集めています。

*あくまで草案段階であり、可決時期や内容は今後変更される可能性があります。

なお、もともと5月の第9回国会会議で意見聴取したうえで10月の第10回国会会議で採択される予定でしたが、10月に意見聴取・採択が同時に行われることとなりました。

 

2.改正の背景と立法趣旨

改正の直接的な契機となったのは、司法省・最高人民法院がまとめた2023年の報告書で明らかにされた執行率の地域格差と執行不能案件の増加傾向です。とくに、紛争の増加に伴い、判決が確定しても実際に執行されず、債権者が経済的な救済を受けられないケースが目立っていました。

また、デジタル化社会への対応や国際仲裁判断の承認・執行に関する条項の不足など、法制度自体の近代化の遅れが目立っていました。このような状況を受けて、司法省は法全体の構造見直しを計画しており、単なる部分改正ではなく全面的な刷新として、2025年10月の国会可決に向けて新法案の策定が進められています。

 

3.当事者間の執行合意制度の導入

新法案の大きな特徴の一つが、民事執行手続における「執行合意制度」の導入です。これは、債権者と債務者が執行方法や支払条件などについて事前に合意し、その合意内容が法や社会倫理に反していない場合には、執行機関がその合意に基づいて執行することを認める制度です。

たとえば、分割払いや延納、物納などによる履行方法を合意で定めたとき、従来であれば裁判所や執行局の裁量に委ねられていたところが、新法では法的拘束力を持つ合意として正式に執行の根拠となります。これにより、債権者側は迅速な回収の可能性が高まり、債務者側にとっても支払い条件を柔軟に設定することが可能となります。

この改正が実現すれば、当事者自治の尊重と債権の実効性確保の両立が可能となります。

 

4.債務者による財産・収入開示義務の明文化

現行法では、債務者が自身の財産状況を執行機関に対してどこまで開示すべきか明文化されておらず、実務上は任意の情報提供にとどまっていました。これが、財産隠匿や名義財産の乱用を誘発し、執行不能の大きな要因となっていました。

新法案では、債務者に対して明確な開示義務が課され、財産、収入、債権、口座、動産・不動産等について、執行機関の要求に応じて正確な情報を提出しなければならないことが定められます。債務者が執行官や執行機関の職務を妨害したり、資産を隠匿または破壊したり、執行を妨害する行為を行った場合、損害賠償責任を負い、行政罰や刑事罰の対象となります。

資産の保全を命じられた債務者は、執行の過程において執行官の指示にしたがい、協力し、適切に対応することを約束しなければなりません。判決に従わない場合、債務者は、執行確保措置、行政制裁、または刑事責任追及の対象となる可能性があります。

これらは、企業間債権回収における交渉力の非対称性を是正する強力なツールとなると見込まれています。

 

5.債権者の権限の拡大と情報アクセスの強化

新法では、債権者が債務者の資産状況に関して、自ら積極的に情報を収集することができるようになります。これには、国家機関への情報開示請求や、司法省登録の民間執行補助者(バイリフ)を通じた調査依頼の権限が含まれます。

特に、税務署や銀行、不動産登記所などからの情報取得が法的に保証されることにより、債権者側が持つ情報の非対称性が軽減され、的確かつ迅速な差押・売却手続きが可能となることが期待されています。

このように、執行機関に全面的に依存せずとも債権を回収できる可能性が高まります。

また、債権者については、すでに法的効力を有する判決や決定に対して、破棄または再審手続を求めて裁判所に異議申立てを請求する権利が新設されます。判決執行機関に対して、資産の商業評価または現場鑑定を求めたり、執行費用に充当する形で資産の受け取りを申し出たり、執行費用の立替を行うことも可能です。

 

6.執行機関の責任明確化と違法執行への制裁措置

新法案では、民事執行官および執行局の違法行為や過失による損害についても明確に責任が規定されます。これまで問題となっていた行政裁量の濫用について、行政監督の手続や懲戒規定が強化されます。

たとえば、執行命令の不実行や、差押対象財産の評価ミス、売却遅延などによって債権者に損害が発生した場合、執行官個人または所属組織に対して責任を問う制度が導入される見通しです。

また、執行機関が債務者と共謀して不当な手続を行った場合、関係職員は刑事責任を問われ、司法省の登録から抹消される可能性もあります。このような厳格な監督体制により、執行制度全体の信頼性を担保するねらいがありそうです。

 

7.執行不能処理制度の透明化

現行法でも、執行不能と認定された案件については、6か月ごとに執行可能性の再調査が義務付けられていますが、その実効性には限界があります。新法では、執行不能の判定基準がより客観的に定められ、再調査の実施頻度や方法についても厳格な手続きが設けられる予定です。

さらに、執行不能とされた事案に関しては、執行局がその理由、回収不能額、再調査の進捗状況などをオンライン上で公開する制度が導入される予定(詳細は施行細則で定められる見込み)であり、債権者が執行状況をタイムリーに把握することが可能となります。

 

8.おわりに

2025年新法案は、民事執行の制度設計において①債権者保護の強化、②情報非対称性の是正、③執行の柔軟性と透明性の向上という三つの軸を明確にした点で画期的です。

本法案は、ベトナムの民事執行制度を、これまでの「遅い」「実効性がない」というイメージから脱却させるための第一歩として評価されています。

 

CastGlobal

【執筆者】CastGlobal

ベトナムの法律事務所

ベトナムで主に日系企業を支援する弁護士事務所です。日本人弁護士・ベトナム人弁護士が現地に常駐し、最新の現地情報に基づいて法務面からベトナムビジネスのサポートをしています。

  • Facebook
  • Website